保育所等でのハラスメント問題

保育所の朝4

<保育所等での働き方改革 Ⅳ>

 男女雇用機会均等法が制定されて以降 “セクハラ” や “マタハラ” 等の用語も一般的に浸透し、様々なハラスメントが労働環境を害する社会問題として取り上げられてきたことは周知の通りです。それに伴って内部告発者の保護制度等も拡充されてきましたが、残念ながら、まだまだ浮き彫りになる問題は氷山の一角と言っても過言ではないでしょう。
 こと保育業界に関しては、居住地周辺にある施設での勤務を希望する人が多い為、変な噂を立てられたら後の再就職にも影響が及ぶかもしれないという懸念から、ハラスメントが原因で退職したとしても言葉を飲み込んでしまうケースが少なからず存在すると思われます。
 厚生労働省によると、平成30年度の “民事上の個別労働紛争相談件数” “労働局長による助言・指導” “紛争調整委員会によるあっせん” 各項目において、群を抜いて一番多かった内容が『いじめ・嫌がらせ』でした。ただでさえ保育士不足が叫ばれている昨今、事業主としてもそんなことで大切な職員を失う事態は避けなければなりません。ましてや、普段から子どもに “お友達と仲良くしましょう” と言っている手前、そして保護者から “先生” と呼ばれる存在であるからには、個々が自覚のある行動を心掛けなければならないと思います。

労働施策総合推進法第30条の2
(パワーハラスメント)

<定義>
同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為

厚生労働省 2020年(令和2年)6月1日から、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000635337.pdf

 令和2年6月1日労働施策総合推進法の改正により、雇用管理上のパワーハラスメント防止措置を講じることが事業主の義務となりました。中小企業に関しては令和4年3月末までは努力義務になっています。”罰則が設けられていないことに効果が期待できない” という一部の声もありますが、そもそもパワハラ行為自体が脅迫罪傷害罪等の刑法、もしくは不法行為損害賠償等の民事法に関わる怖れがあるため、優位な立場を利用して相手に苦痛を与える強圧的行為が法律に抵触すると規定されたこと自体に一定の価値があると考えています。後段で述べますが、今回の改正法を受けて精神疾患を原因とする労災認定や、失業保険の特定受給資格者判定にも影響が及ぶと思われます。

 では、パワーハラスメントの定義を分析してみましょう。
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の①優位性を背景に②業務の適正な範囲を超えて③精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為
 なお①については、同僚や部下による嫌がらせ行為も含まれるとされています。パソコンソフトを使いこなせない先輩に対して、新人が “時代遅れ” などとからかうケースが典型例です。

ハラスメント” 新人保育士Aが、事務室で仕事をしていた主任保育士Bに報告書を提出しました。保育士Aは、直立したまま主任Bの背後で承認を待っていました。すると、報告書の確認を終えた主任Bは、保育士Aに顔も向けず「やり直し」と一言告げて差戻しました。”

 果たして、この主任の行為はパワハラでしょうか。答えは、ケースバイケースと言わざるを得ません。②業務の適正な範囲を超えた言動とは、”社会通念に照らし、当該行為が明らかに業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの” としています。上記の例を客観的に見ると、指導する立場でありながら、改善箇所も教えずに冷たく突き返した態様は相当でないと言えるかもしれません。しかしながら③に関しては、Aが個人的に負担を感じて能力発揮や就業環境に看過できない支障が生じることはもちろんですが、その職場で働く平均的な労働者の感じ方が基準となって判断されます。つまり、「保育士は、子どもの命を守るという使命を持って取り組むべき仕事であるから、基本的な能力が不足している職員にある程度厳しく接するのは当たり前」とされた場合には、たとえ保育士Aが精神的な苦痛を受けたとしても、主任Bの威圧的な対応はパワハラとまでは判断されない可能性があります。

 なお、代表的なパワーハラスメントの類型として下記の6例が挙げられていますが、これらは限定列挙ではないため、事件によって個別の判断が必要になります。

  1. 身体的な攻撃(暴行・傷害)
  2. 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
  3. 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
  4. 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
  5. 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
  6. 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

 さらに上記の項目を、3.4.5.のような組織的な類型と、1.2.6.のような個人的な類型に分類してみましょう。
 組織的な類型に関しては、報復人事事実上の退職勧告など悪質なケースが考えられます。枝葉の問題は様々でしょうが、そもそも事件が発生した原因は職員と事業主との関係性が希薄だからではないでしょうか。自分の意見を言えない雰囲気異論者に対する暗黙的な排除、それらが存在する職場では、事業主が職員に裁量権を与えないのに対し職員もまた事業主に不信感を抱いており、負のスパイラルが止めどもなく蔓延しています。それゆえ防止策としては、風通しの良い職場環境の整備に尽きると思います。その考え方を軸に、諸制度を構築していくべきだと考えています。
 次に、個人的な類型についてお話します。故意的なハラスメントは行為者自身の人間性が往々に関係すると思われるのでここでは問題にしませんが、意図せずハラスメント行為に及んでしまう多くの場合は行為者の自己防衛的な言動がもっぱら含まれていると考えます。つまり、”施設長だから職員を叱責して当たり前” “主任の命令に従うことは当然” と言う安易な考え方であり、行為者の心の根底にある不安や自身の立場に課せられた責任を、行き過ぎた言動で防御しようと試みているように思います。その点、個人的な類型のパワハラ行為は自分に向けられた信頼度の低さに対する苛立ちとも言えます。
 人の話を真摯に受け止める為には、言葉を発する人への信頼が必要です。子どもを見ていても、似たようなことが起こります。同じことで注意をされても、クラス担任の言葉には耳を傾けるのに新人の言葉には耳を貸さない、そんな子どもはいくらでもいます。大人になると多少なりとも割り切って従うこともありますが、やはり信頼できる上司からの指示と、信頼の欠けた上司からの指示とでは受け取り方が異なります。時に、信頼の欠けた上司の言動に関しては、受け手が精神的な負担を感じるわけです。それゆえ、行為者自らが日頃の姿勢を振り返ることにより、そのままパワハラ防止への第一歩に繋がると考えてみてはいかがでしょうか。そしてハラスメント行為が発生する可能性を自覚したら、今度は心の余裕と供に高性能な制御ブレーキを備えることです。どんなに脆弱な感情だとしても、制御装置が正常に機能すれば突発的な暴走を防ぐことができます。

男女雇用機会均等法第11条
(セクシュアルハラスメント)

<定義>
職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること

相談内容件数(割合)
セクシュアルハラスメント6,808(35.5%)
婚姻、妊娠出産等を理由とする不利益取扱い4,434(23.1%)
母性健康管理2,686(14.0%)
妊娠出産等ハラスメント2,506(13.1%)
性差別1,266(6.6%)
その他1,487(7.8%)
合計19,187(100%)
厚生労働省「平成29年度 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況」

 上記は、職場における性的なハラスメントの相談件数を集計したデータですが、セクシュアルハラスメントと所謂マタニティーハラスメントでその大半が占められています。

「主任、自分の子どもが欲しいと思ったことないんですか?早めに結婚しないと、子どもが小学校に上がったら運動会とかで走れませんよ。彼氏なしで、休みの日は何をしてるんですか?」
 休憩中、後輩の女性保育士が先輩保育士にそんなことを話しかけていました。果たして、この事例はセクハラと言えるでしょうか。厚生労働省は、次のように規定しています。

” 事業主、上司、同僚に限らず、取引先、顧客、患者、学校における生徒などもセクシュアルハラスメントの行為者になり得るものであり、男性も女性も行為者にも被害者にもなり得るほか、異性に対するものだけではなく、同性に対するものも該当します。”
 
 つまり一定の客観的要件のもと、後輩保育士の執拗な言動によって不快な思いをした主任保育士の就業に著しい悪影響が及んだ場合には、セクハラと認定される可能性があります。仮に、同じ内容を保護者や出入り業者等から受けた場合にも同様の扱いになり、これを環境型セクシュアルハラスメントと呼んでいます。ちなみに当たり前ですが、法律上責任能力のない子どもに言われたとしても罪は問えません。一方で、”飲みに来ないと賞与を下げる” “付き合わないなら降格させる” など、意に反する性的な言動を拒否したことにより不利益を受けるケースは対価型セクシュアルハラスメントと呼ばれています。
 
 全般的にセクシャルハラスメントは、パワーハラスメントと比べて非常に判断が難しいです。なぜならば、単に性的な言動がそのままセクハラにはなる訳ではなく、受けた側の感じ方によって個人差があるからです。嫌がる相手に対しての直接的な行為は犯罪に値しますが、もしも異性の後輩を飲みに誘う行為が全てセクハラとされたら、社内での恋愛が法律で禁止されていることにもなり、現実的にありえません。しかしながら実際のところ、飲みに誘う行為がセクハラとされるケースもあるわけです。仕事上の人間関係を円滑にする目的と、強引な好意目的とでは判断が正反対に分かれますし、後者であっても受けた側が少なからず嫌悪していなければ、それはセクハラに該当しません。裁判まで発展した場合には、”平均的な女性職員の感じ方” “平均的な男性職員の感じ方” といった一定の客観性が求められますが、セクシュアルハラスメントに該当するか否かを判断するには、あくまでも受けた側が主観的に不快感を抱いてさえいればなり得ると言えます。
 それゆえ厚生労働省も典型例の明示はしつつも、セクハラの全体像を捉えている訳ではなく、さしあたりハラスメント行為が起こらないように心掛けて欲しいと注意喚起を促しています。

  1. 性に関する言動に対する受け止め方には個人差があり、セクシュアルハラスメントに当たるか否かについては、ケースバイケースで判断される。
  2. 親しさを表すつもりの言動であっても、本人の意図とは関係なく相手を不快にさせてしまう場合があります。
  3. 不快に感じるかどうかは個人差があります。
  4. 「この程度のことは相手も許容するだろう」という勝手な憶測をしてはいけません。
  5. 「相手との良好な人間関係ができている」という勝手な思い込みをしてはいけません。
  6. 相手が拒否し、または嫌がっていることが分かった場合は、同じ言動を繰り返さないようにしましょう。
  7. セクシュアルハラスメントであるかどうかについて、相手からいつも意思表示があるとは限らないということに注意しましょう(セクシュアルハラスメントを受けた者が、職場の人間関係等を考え、拒否することができないこともあります)。
  8. 勤務時間外の宴席であっても、歓迎会や取引先との懇親会など、実質上職務の延長と考えられる場合は、「職場」とみなされます。
  9. 社員間だけでなく、取引先や顧客が行為者や被害者になる場合があることにも留意しましょう。
  10. 契約社員やパートタイム労働者、派遣社員等のいわゆる非正規労働者が被害にあいやすいことにも留意しましょう。

 社会通念上認められない行為はもちろんダメですが、それぞれの判断が当事者の感情に左右されることは問題の複雑化に拍車をかけています。行為者が「そんな意図はなかった」という軽い言い訳で自分の過失から逃れようとするのに対して、受けた側は「そんな予想だにしなかった」心の傷を深く負っています。
 また別の場面に目を移すと、LGBTQの方々にとってはセクシュアルハラスメントが常態的な問題として存在しており、とりわけ人権侵害に発展する可能性も十分に考えられるので、中小企業といえども決して軽視できるものではありません。
 今回の改正では、事業主と職員の責務が明確化され、調停においてセクハラ被害者の同僚などに出頭要請した上で意見聴取が行えるようにもなりました。職場環境を整えて組織全体の生産性向上に努めつつ、何よりも個人個人の自覚を高めて軽はずみな言動を慎むように心掛けることが大切だと思います。

男女共同参画会議 平成31年4月セクシュアル・ハラスメント対策の現状と課題
http://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/boryoku/houkoku/pdf/honbun_hbo09.pdf

男女雇用機会均等法第11条の2
(妊娠出産等に関するハラスメント)

<定義>
職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されること

 ”妊娠順番制” そんな、耳を疑う言葉が世間を賑わせたことがありました。「今年は一年上の先輩が出産予定だから、来年は自分が妊娠しても大丈夫」と、既婚者である女性保育士の妊娠時期が黙示的な順番で決まっているという内容です。仮に、資格者10人の保育園で3人が同時に産休となると、当然ながら施設の運営に支障をきたします。しかし、社会貢献度の高い保育を生業としながらも、明らかに常識外れな約束を強いてまで施設の運営を優先する事業主がいることに驚きを隠せませんでした。全ての事業主に言えることですが、重要な職責の一つとして職員の生活を向上させることがあります。その点を十分に認識できていれば、たとえ困難をきたそうとも何が大切なことかは自ずと分かるのではないでしょうか。

  • <制度等の利用への嫌がらせ型> 
  • 産前休業の取得を施設長に相談したところ、「休みを取るなら辞めてもらう」と言われた。
  • 育児休業の取得について上司に相談したところ、「男のくせに育児休業を取るなんてあり得ない」と言われ、取得をあきらめざるを得ない状況になっている。
  • 施設長や同僚が「所定外労働の制限をしている⼈にはたいした仕事はさせられない」と繰り返し言われ、専ら雑務のみさせられる状況となっている。
  • <状態への嫌がらせ型 
  • いざ妊娠を報告したら「年度末に産休予定なんて、無責任すぎる」と同僚に繰り返し言われ、精神的に落ち込み業務に支障が出ている。
  • 施設長に「妊婦はいつ休むかわからないから仕事は任せられない」と事あるごとに言われ、体調が良いにも関わらず担当を外され、就業をする上で看過できない程度の支障が生じている。

 妊娠を告げたことで契約が更新されなかった場合には不利益取扱いに該当し、男女雇用機会均等法違反になります。実際にハラスメントは受けていないものの、「産休直前にようやく代替職員が決まった先輩の状況を見ていたら、なかなか施設長に自分の妊娠を告げられず、過重労働が影響して切迫流産してしまった」なんていう悲惨なケースも取り沙汰されていました。
 加えて、致し方なく出産を契機に退職したものの、無職の状態では生まれた子どもを保育園に預けることもできず、子どもの面倒をみる時間に費やされて再就職の活動もできないマタハラドミノも懸念されます。

 妊娠の状態や制度の利⽤等と嫌がらせ⾏為の間に因果関係を有するものがハラスメントに該当するとされています。その一方で、業務分担や安全配慮等の観点から、客観的に業務上の必要性に基づく⾔動によるものはハラスメントには該当しません。例えば定期的な妊婦健診の⽇時等、全体会議がある場合などに日程を調整することが可能かどうか、職員の意向を確認するといった⾏為までがハラスメントとして禁止されるものではありません。このような変更の相談や確認は強制的でない限りは、問題ありません。
 さらに、本人が今まで通りに働く意欲があったとしても、客観的に見て体調を気にせざるを得ない状態の場合、業務量の削減や業務内容の変更などを打診することもハラスメントには該当しません。例えば、妊娠を契機に主任を降格したとしても、そのことにより仕事の量や責任の重さが軽減されて本人の心や体もだいぶ楽になり、なおかつそのような配慮を本人も望んでいるならば問題ありません。

 そして妊娠出産等に関するハラスメントの場合は、セクシュアルハラスメントと決定的に違う点があります。事業主や同僚が自分の価値観を押し付けないように注意することはもちろんですが、妊娠中の職員側も周囲との円滑なコミュニケーションを心掛け自身の体調等に応じて適切に業務を遂行していくという意識を持たなければならないことです。そもそも、事業主側も職員側も産休の正しい情報を理解できていないことで生じる軋轢も少なからず存在します。お互いがお互いを配慮することで、残された子ども達にも心置き無く休業に入れるのではないでしょうか。

育児・介護休業法第25条
(育児休業等に関するハラスメント)

<定義>
職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されること

 育児・介護休業法第10条で、”事業主は、労働者が育児休業の申出をし、⼜は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない” と定められています。就職1年未満の職員等については労使協定で対象外とすることも可能ですが、職員が申し出た育休を取得させないことは許されず、原則休業取得時と同じ仕事に復帰させることが望ましいとされています。ただし妊娠出産等に関するハラスメント同様、客観的に見て業務上の必要性に基づく⾔動であればハラスメントには該当しません。加えて同僚からの嫌がらせも対象になり、育児・介護休業を利用する側が周りの職員との円滑なコミュニケーションを必要とする点も同じです。
 職員に認められる主な制度は以下の通りです。

  • 育児休業(育児のために原則として子が1歳になるまで取得できる休業)
  • 介護休業(介護のために対象家族1⼈につき最大で3回まで分割して通算93⽇間取得できる休業)
  • ⼦の看護休暇(子の看護のために年間5⽇間(子が2⼈以上の場合10⽇間)取得できる休暇)
  • 介護休暇(介護のために年間5⽇間(対象家族が2⼈以上の場合10⽇間)取得できる休暇)
  • 所定外労働の制限(育児⼜は介護のための残業免除)
  • 時間外労働の制限(育児⼜は介護のため時間外労働を制限(1か⽉24時間、1年150時間以内)
  • 深夜業の制限(育児⼜は介護のため深夜業を制限)
  • 所定労働時間の短縮措置(育児⼜は介護のため所定労働時間を短縮する制度<就業規則明記>)
  • 始業時刻変更等の措置(育児⼜は介護のために始業時刻を変更する等の制度<就業規則明記>)

 育児休業等に関するハラスメントの防止策としては、昨今の働き方改革に伴う両立支援制度を充実させつつ、当たり前の権利として職場に周知することが考えられます。休暇取得者の仕事を補う同僚職員の負担や代替職員の確保問題等、一時的に苦慮することがあったとしても育児目的休暇リフレッシュ休暇などの特別休暇制度を設けることは、最終的に離職率を下げる効果も期待できると思います。

仲間はずれ

改正法の影響と事業主が講ずべき措置

 厚生労働省は労働施策総合推進法の改正に合わせて精神疾患の労災基準にパワーハラスメントの項目を追加しました。
 令和元年度の精神疾患を原因とする労災申請は2,060件(前年比+240)であり、注目すべきは女性からの申請が半数近い952件(前年比+164)にも及んだことです。同年の労働力調査において、年平均の男性就業者数3,733万人、女性2,992万人と発表されたことを加味すると、精神疾患による労災申請比率は男性よりも女性の方が多いことがわかります。
 実際の労災認定は509件(前年比+164)で、そのうちパワハラ関連が79件、セクハラ関連が42件でした。結果的に、令和元年度は申請・認定いずれも統計以来最多の数を記録しましたが、今後は改正法施行による意識の高まりが加速し、より一層ハラスメントに関わる労災申請が増えると予想されます。

 一方で、ハラスメントが原因でやむを得ず退職した場合は、特定受給資格者に該当する可能性があります。たとえ離職理由が “自己都合退職” と明記されていても、実際のところハラスメントが原因の退職であれば、管轄ハローワークの担当者に相談することをお勧めいたします。改正法の施行も相まってハラスメントが与える社会的影響を考えると、退社した組織が簡単にその事実を認めるとは思えませんが、少なからず自分の受けた境遇を話してみても良いかと思います。客観的な証言や診断書等の公的証明が必要になりますが、”正当な理由のある自己都合退社” が認められて特定受給資格者とされれば、決められた所定給付日数がその後増加する可能性があります。

 パワハラ、セクハラ、マタハラ等、どのハラスメントにも共通する点は、加害者はもちろんのこと経営主も連帯して不法行為責任(民法第709条)を問われる可能性があるということです。加えて、経営主に関しては、被用者が事業の執行に当たり第三者に与えた損害を賠償する使用者責任(民法第715条)、及びハラスメント防止策を整備する義務を怠ったと判断された場合には安全配慮義務違反(労働契約法第5条)として、債務不履行責任(民法第415条)を問われる可能性があります。ハラスメントに関する訴訟の場合は地位の回復と共に慰謝料請求が主になりますから、一般的には加害者個人と同時に組織を相手取るケースが多いと思われます。なぜならば、組織を訴えた方が支払額が大きくなる為です。そうならない為にも、職場での防止策を整えながら一人一人の意識を高め、事業主も職員もお互いに働きやすい環境を考えていくことが何より大切になります。

  1. 会社(組織)としてハラスメントがあってはならないこと、ハラスメント行為者には厳正に対処することを明らかにし、研修や掲示、社内メール等でその旨を周知する。
  2. 相談(苦情を含む)への対応者を決め、その窓口を整備する。
  3. ハラスメントの事実が確認された場合、被害者に対しては配慮の措置を、行為者には就業規則等に基づいた措置を適正に行う。
  4. 妊娠・出産した労働者の周囲に業務が偏らないよう、業務分担の見直しを行う、業務の点検、効率化を図る。(妊娠・出産等ハラスメントの場合)
  5. 相談者のプライバシーを守ること、相談者に不利益な扱いをしないことを周知する等、併せて必要となることを行う。
相談対応● 相談者のプライバシーを厳守する。
● 相談したことで、不利益な取り扱いをしない。
事実関係の確認● 行為者や第三者に事実確認を行う場合は、必ず相談者の了解を得る。
● 第三者として事実関係の確認に協力したことで、不利益な取り扱いをしない。
措置の検討・実施● 被害状況
● 事実確認の結果(人間関係、動機、時間・場所、質・頻度)
● 就業規則の規定内容
● 裁判例の要素を踏まえて措置を検討し、実施する。
行為者・相談者への
フォロー
● 組織としての取組を説明する。
● 被害者への精神的なフォロー。
● 行為者が同様の問題を起こさないようにフォロー。
再発防止策の実施● 取組の定期的な検証、見直し
● 研修の実施
● メッセージ配信等
厚生労働省 職場におけるハラスメント事案が発生した場合の対応例(一部変更)

 ハラスメント防止のために、事業主は上記のような措置を講ずる必要があります。とはいえ、何園もの系列施設を抱える大型法人ならまだしも、小規模経営の事業主体であれば、”相談対応者=ハラスメント行為者” と言うケースも起こりうると思われます。
 また、相談をしたことに対するプライバシー保護や、その後の不利益な取り扱い禁止などが各法律で定められていることも事実です。しかしながら、もともとハラスメント防止策を十分に講じようとしない組織であれば、それらの法律を遵守するとは考えにくいです。その場合は、各自治体に設置された労働相談窓口や、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)へ連絡することをお勧めします。どちらも匿名で相談ができる上に、後者の場合は該当事業主に対する事実確認や指導、助言、調停などの解決援助も行なっています。他には、ハラスメントの認定こそできませんがハラスメント悩み相談室も用意されています。

厚生労働省委託事業ハラスメント悩み相談室
https://harasu-soudan.mhlw.go.jp/

 様々なハラスメントは、お互いのちょっとした見解の違いが蓄積されて、いつの間にか大きな問題へと発展しています。その点、行為者があえて故意的な意図を否定する一方で、相手側は元に戻れないほどの精神的なダメージを負っています。たとえハラスメントが単なる過失であったとしても、行為者や組織の失った信頼を回復するには相当な時間が掛かり、なおかつ傷ついた相手の心が回復する保証は全くありません。
 長年お付き合いさせて頂いている園長先生にお聞きした話ですが、疲れて相談室で居眠りをしてしまった際、起きたらテーブルの上に一杯のコーヒーが置かれていたらしいです。どの職員だかは分からないけれども、連日働きづめの自分のことを誰ともなく気遣ってくれた行為が、非常に嬉しかったとおっしゃられていました。
“法律で規制されているから、ハラスメントはダメ” と言う考え方では、いつまで経ってもハラスメントは無くならないと思います。結局のところ、あらゆるハラスメントの防止策は、上司も部下も同僚もお互いどうしが尊重しあう姿勢を保つことでしかありません。
 
 次回は、在職員の働きやすい環境を整える為に、保育士のワークライフバランスについて考えていきたいと思います。